ベントンの由来

1945年 創業者 山田 明 は 第2次世界大戦の終戦を韓国に於いて迎え、 同時に彼は職を失い、引き揚げ者として日本に帰国した。そして、 アーニーパイル(現帝国劇場)にて、米軍の通訳となった。

そこで、持ち前のクソ度胸でもって、クラシックやオペラの指揮者の通訳を務めたが、 彼は浪花節(浪曲)しか知らず 初めの頃はビオラとヴァイオリンの区別や ピアニッシモの意味もわからず 大変苦労したとの事だ。

だが、そこで知り合い 友人となったアメリカ人グラフィック・デザイナー、 マック・ブザーテー氏より
「いつまでも日本に米軍は駐留しないから、何か新しい仕事をしてはどうか。日本では 未だ馴染みの薄いアドバタイジング・エージェンシーなるものを日本でやってみる気はないか?」
との話が、3年後の1948年に持ち上がった。

ブザーテー氏によると
「アメリカに ”ベントン&何がし”なる大きなアドバタイジング・ エージェンシーがあるから、新会社をベントンと名付けたらどうか?」
との勧めがあった。
そこで「潟xントン」の誕生にあいなったわけである。

最近でこそ カタカナの社名が日本に多くなったが 戦後 間もない当時はまだ 大変 珍しい名称であった。その為
”弁当屋”に間違えられたりして困った事もあった。最近では ”ベネトン”  に間違えられたりしている。 又最後に
 ”ン” のつく薬は良く売れるとの事である。 当社もその ”運”  には大変 恵まれ、今日に至っている。

山田前社長とマック・ブザーテー氏と漁師

開業当時はアメリカ人に呼びやすい為か 米軍のCPO(中央購買局)からの 注文も多く 外資系の会社の仕事が多かった。又 神宮球場内で米軍の野球試合の時の座布団貸出業や デパートのショーウインドウの飾り付け等、注文があればなんでも行った。

その後 取扱説明書、ポスター、チラシ、パンフレット等の翻訳、企画、デザイン、印刷等を営んで 現在に至っている。

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